1928
日本足袋株式会社の社長だった石橋徳次郎氏と専務取締役で弟の正二郎氏(株式会社ブリヂストンの創業者)から広大な土地と3階建ての学校本館(現:大学本館)が寄贈され、本学の前身となる九州医学専門学校が設立されました。
【4月】附属病院を開院
久留米大学の前身、九州医学専門学校は、当時不足していた医療分野での実践的人物の育英という地域ニーズに応えて1928年に設立されました。伊東祐彦初代校長は、第1回の講義で次の言葉を残しました。
「諸君が将来医者になって、余暇に山登りをしたとする。途中の一軒家に病いに苦しむ老婆の姿がある。君ならどうする。その時、そしらぬ顔してゆくか、専門が違うとか、診断の器具がないからと、逃げるか。
それでは医者ではない。聴診器がなくとも、薬がなくとも、手があり、目があり、口があるじゃないか、そばに行って少しでもその苦痛を和らげるのが本当の医者だ。」
この話は医師を目指す学生の胸に深く刻まれ、本学の建学の精神の土台となりました。
1949
久留米医科大学に昭和天皇のご巡幸があり、当時細菌学実習室であった展覧場にて小野寺学長が日本住血吸虫についてご進講。
1950
1952
1956
1958
秩父宮妃殿下が本学をご訪問。本学教授が「心臓の話」「日本住血吸虫」をご進講。翌日には商学部体育館で開催された秩父宮杯西日本学生バドミントン大会にご臨席されました。
1966
1967
株式会社ブリヂストン創業者で、当時理事長の職にあった石橋正二郎氏の寄贈により、学生の学習の場として、医学に関する教育や研究の一拠点として医学図書館を整備。
1968
1969
創立50周年
創立50周年に伴い、大学本館玄関前の石橋正二郎銅像と対をなす場所にタイムカプセルを埋没。100周年記念事業でこのタイムカプセルを開封予定。
1987
1989
1989
地下2階、地上3階建ての御井図書館を整備。
1992
1994
1994
医学部附属医療センターを開院しました。旧国立久留米病院から経営委譲され、前病院が担ってきた地域医療を引き継ぐとともに、さらなる地域医療の充実と患者中心の医療体制の確立を目指しました。また、1998年にはリハビリテーションセンターを開設し、良質な医療を提供しています。
2001
2005
2009
創立80周年記念事業の一環として、御井キャンパスのさらなる教育の充実を図るため、新情報教育センターと心理学教育部門を含めた講義・研究棟「1000号館」が完成。
2011
久留米大学病院は、1993年に特定機能病院に認定されました。高度救命救急センターが1994年に九州初の高度救命救急センターに認定され、1998年には総合診療棟が完成。2002年にはドクターヘリを配備し、2011年には屋上ヘリポートを備えた新病棟が完成しました。現在、21世紀の医療を担うにふさわしい機能と最新設備を備えた大学病院として地域の医療を支えています。
2016
御井キャンパスに創立90周年記念事業の一環として、ラーニングコモンズ、ラウンジなどを備えた「御井本館」が完成し、新たな学びの環境が整いました。
2017
2017
医学部第14回卒業生で日本医師会長の横倉義武氏(2012年~2020年)が、第68代世界医師会長に就任。
2021
久留米大学本館 登録日:2021.2.4
2024
2028
2028年4月に本学は創立100周年を迎えます。これからも、地域医療の質の向上、地域文化・教育の振興を使命とし、「地域に根ざし、世界に羽ばたく」大学として、次の時代を切り拓くべく努力してまいります。
【4月】久留米大学100周年記念式典を開催予定